最近のトラックバック

2015年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012/06/30

ラベンダーフェア

昨日は、娘を自転車に乗せて
花の美術館までお散歩に行きました!

自転車を10分こげば海の近くって
良いね〜。


お目当ては、
『ラベンダーフェア』

門の近くまで来たら風向きが
良かったのか、とーっても良い香り!


好きだわ〜!
1340997903086.jpg

癒される〜!

1340997904259.jpg

私は、もっとゆっくり散歩したかったのに、
娘は蜂の音にかなり弱腰(´・_・`)

1340997905356.jpg
仕方がないので、
ささっと外を見て
美術館内の
『ハーブ&ラベンダーフェア』
と言うのを見に入りました。

1340997906264.jpg
あれ??

1340997906911.jpg
フェアって、これだけ??

フェアだからと言って、
過度な期待はいけないけれど
あまりの規模の小ささに
見落としそうでした(; ̄ェ ̄)


まぁまあ…
娘が帰る…と言い出し、
直ぐに帰るはめになったけれど、
楽しいひと時でした♪( ´▽`)


1340997907727.jpg
撃沈。

2012/06/28

バラのフレメ

1340817867353.jpg
あと、3輪です♪( ´▽`)

来月の母の誕生日まで、
まだ半月以上あるから、
寝る前に、一日一輪だったら、
3日じゃぁ〜ん!!


そうして、数年放置しちゃったけど
(; ̄ェ ̄)


2012/06/26

サボ

1340712587195.jpg
娘が履いているサボ。
息子が産まれる前に、職場で
あっ…確か職場で…。
ひとめぼれして買った。
ような…( ̄▽ ̄)


かなり曖昧〜( ̄ー ̄)

まぁいいや♪( ´▽`)


実はこれ、飾りで
紐がついていて壁掛けになるように
出来ていました。


でも、可愛かったから
履かせようと、浅はかな考えで買うも
よく考えたら、厚底で危ないじゃない
(; ̄ェ ̄)

で、しまってあったモノを
ふと思い出し、ベランダならば!
と、娘に履かせたら
大喜び〜
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


息子のスリッパ?
ビルケンを常日頃羨ましいと
思っていただけに、
喜びもひとしおのようでした!

ちなみに、息子のビルケンシュトックの
フェルトのスリッパ?靴?は、
アウトレットで、1000円で買いました!
2年前の真夏に見つけた、掘り出し物
です!!


2012/06/22

漬物の季節

今年も漬物の季節がやってきました!
まずは、簡単なところで

1340373048433.jpg
新生姜の甘酢づけ。


1340373049614.jpg
らっきょうも塩漬けしてます!

らっきょうは、漬け方様々で、
簡単なのもあるけれど、
私は毎年これ!
手間暇かかるけれど、
しっかり塩漬けすると、
日持ちするから、
頑張ってます♪( ´▽`)


あと、10日くらい。


2012/06/20

最近の子供たち

子供たちは、すこぶる元気です。
息子は、プールも始まり、今年は毎日
順調に、入れています!

娘は、髪がのび散髪。

1340185478266.jpg
前髪パッツンのおかっぱです!

この時期しか出来ないね〜!

風呂上りに徹子にしてみた。

1340185479667.jpg
もうすっかりおしゃべりできて
朝イチからペラコです
( ̄ー ̄)


おかあさん、おきて〜
とか、
おかあさん、おちゃ
とか、
おかあさん、かい〜お薬ぬって
とかで起こされます。

日々成長してます!


2012/06/19

第六感

今日も・・・。
お手紙を下さった方・・・。
お電話くださった方・・・。
メール、コメントを下さった方々に心から
感謝します<m(__)m>

本当にどうもありがとうございます。


*******************

7月2日に49日を迎え・・・笑吉は旅立つのかなぁ・・
と思っている。。。

自分の中で、動物病院の先生にお礼のお手紙を
かけたら、少し心の整理が出来るのかと思い
何度も書いたけれども・・・結局最後には消して
終わってしまっている。。。

今日こそ、手紙を書きあげたい。


そうして、かなしいブログからまた一遍
たわいもない日記をつけ始めたい。。。
こう思えるだけ、落ち着いたという事なのか。。。

家族に不幸があると、こう言う思いになる自分が
とても許せない。
結局は、時に解決してもらってんじゃん。。。
なんて自分を責める。。
まぁそうなるのだから、仕方がない。
人間なのだ。
受け入れなければならぬのだ。


さて・・・ここからは、
『信じるか信じないかはあなた次第です』と言う話。


私は全く霊感なんてない。
幽霊も信じていないし。。。
いたら是非ともお会いしたいです!と思っている口。

肝試しだって、実はぜーんぜん平気。
何が怖いって、人が怖い。
もしも悪い人がいたら・・・と言う方が数万倍も怖いのだ。

ただ・・・そんな私にも実は若干の変化が起こっている。


それは、思い起こせば・・・妊娠した時くらいなのかも知れない。
これは正確でないので微妙。
でも、住んでいた場所を思うと、妊娠してからかなぁ。。。と思う。

単刀直入に言うと
「わたしは見えない。でも何かを感じる。」
そして、それは気持ち悪くない。
何かを感じているとき、恐怖など微塵もないのだ。


そして・・・。
笑吉が旅立つ1か月前くらいから、リビングにいる時
「ん???ん???」という感じを何度も感じていた。
もちろん、家族に言ったら怖がるから言えなかったけれど
笑吉が亡くなった翌日夫に打ち明けた。

夫は、「笑ちゃんが何か訴えていたのかも・・・」と言った。
笑ちゃん自身が私に訴えていたか、病根が何かを発していたか
それはわからないし、全く別のものかも。
しばらく、気にしていようと思っていた。

そうして今日になるけれど・・・
苦しい事に、笑ちゃんが亡くなってから、私は
何も感じなくなってしまった。。。


気にして・・・時に気にしないでいるけれど
何も感じない。
本当に何か『気』見たいなものが出ていたのかも知れない。


だから、こんなにも自分を責めた。


こんな感覚・・・。もっと早くに気付けてあげていれば。。
自分を責めた。

でも・・・この感覚絶対に忘れない。
今度こんな感覚を覚えたときは、家族にすぐに目を
向けようと思う。
もしも、この感覚が私の第六感ならば心しておこう。

2012/06/15

二度とない人生だから

斎場から戻った息子は、
知ってか知らぬか
坂村真民の詩を歌い出した。

ノックアウトだよ。

良い詩だから、ご紹介。


「二度とない人生だから」

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳をかたむけてゆこう

 

二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないようこ
こころしてゆこう
どんなにかよろこぶことだろう

 

二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事は必ず書くことにしよう

 

二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう

 

二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう

 

二度とない人生だから
のぼる日 しずむ日
まるい月 かけてゆく月
四季それぞれの星星の光にふれて
わがこころをあらいきよめてゆこう

 二度とない人生だから
戦争のない世の実現に努力し
そういう詩を一篇でも多く作ってゆこう
わたしが死んだら
あとをついでくれる若い人たちのために
この大願を書きつづけてゆこう

愛猫の悪性リンパ腫⑤ お別れ

笑吉は、2012年5月16日午後
私たち家族とお別れをすることになった。


春になってから、よく網戸にしていたので
そんな網戸から良く、外を眺めていた。。。

なんて思っていたのだろう????


娘の誕生日にCちゃんが贈ってくれたアジサイを
見ていただろうなぁ。。。
彼から見える外の景色は、
アジサイと目の前の芝生。。。
そして、少し離れた所の桜の木や、桃の木。


斎場から一緒に旅立ち出来るのは
少量のご飯と花。
と言われていたので、彼の目線から一番近くにある
娘のお誕生日に贈られたアジサイを一輪
持っていくことにした。

母は、花を買うのか?と聞いてきたが
私は、買わないと言った。

だって・・・。
買ったお花なんて寂しすぎるでしょ。
きれいかも。。。
ふわふわかも。。。

でも、私は彼がいつも見ているものに囲まれて
欲しかった。
笑ちゃんが寂しくないように、傍にあったお花と一緒が
良いと思った。
Cちゃんがプレゼントしてくれたアジサイは、
それはそれは立派で、大輪をいくつもつけていた。
そこから、1輪おすそ分けをしてもらった。。。

斎場には、家族と母が同行。
笑吉が眠るベッドを膝に乗せて
15分。

個別火葬をしてもらうのに、
お焼香を済ませ、お祈りをし
息子に、本当にもう会えなくなることを伝えた。

火葬台の上に彼をそっと置き
大好きだった療法食とアジサイを一輪胸元に添え
「ありがとう。。。気づいてあげられなくてごめんね。。。」
と伝えて旅立たせた。


それから・・・2時間半。
笑吉の変わり果てた姿に息子は、キョトンとし・・・。
骨の説明を一通り受け、慣れない手つきで
息子もお箸を持ち、みんなで一緒に骨をおさめた。
一部は小さなケースに。
残りは、骨壷に。
軽かった。。。


こちらの斎場では、合同火葬と個別火葬があり
個別の場合は、骨を持って帰るのか、共同墓地に
おさめるのかと聞かれる。
もちろん寂しすぎて、そんなところに置いてなんて
帰れないので、骨壷に入れて持ち帰った。
ペットの骨壷も様々で、シンプルなものから豪華なものまで
色々ある。
我が家が選んだのは、「エコポット」というもの。
土に埋めたとき、すべてが土に戻る。


笑吉だけでは寂しすぎるので、
2年前に亡くなった実家の犬と一緒にしてあげたいと思っている。
そうしたらさみしくないもんね。。。


こうして一通りの事を済ませ、自宅に帰ると
動物病院からお見舞いの花が届いた。。。
悲しみが一層増した。。。

数日後、大好きなMさんが、笑吉にと花を届けてくれた。

1339757744206.jpg
ノラ猫を通じて、仲良くなったMさん。。。
本当に優しい人。
もう、、、70歳。大事なお友達。


骨になって帰ってきた笑吉は、本当に笑吉だったのかと
疑いたくなり・・・今でもいつもの場所で寝ているのではないか?
ベッドの下にもぐってないか?
そんな風に思える。。。
だって・・・形がないの。。。

夫は、帰宅後念入りに掃除機をかけ、
泣いていた。。。
笑ちゃんの毛がたくさん落ちているんだよ。。。
苦しいじゃない。。。って。
もう触れない彼のぎしっと詰まった毛。

抜け毛が激しかったから・・・掃除も大変だった。


キャットタワーからカーテンをよけて外をのぞく姿が
目に浮かぶ。。。
そこのカーテンの毛だけは未だに掃除機をかけられないでいる。

あれから1ヶ月が経ちました。

今日も・・・。
コメントをくれた方々、メッセージを送ってくれた方々に
心から感謝します。

どうもありがとうございます。。。

******************

笑吉が旅立ってから今日で1ヶ月になります。。
もう・・・1ヶ月なのか。。。

毎朝、笑吉が入っている入れものを撫で、
「おはよう。」と声をかけ、
お水をたっぷりとやります。

そして必ず一緒に起きてくる諭吉にも
「おはよう。」と声をかけ
ご飯をあげて、撫で撫でします。

笑吉が亡くなってから、一層諭吉を溺愛するように
なったので、今は恐怖です。。。
確実に私よりも先に旅立ってしまうから。。。
そんな日がなるべく来ないように・・・。
それを受け入れて、家族として迎えたのだから
存分に可愛がろう。。。

と思いが交錯します。

1ヶ月・・・。なにも変わらない。
彼が家族であったという事。
今でも家族だという事。。。



心から、友人に感謝します。
本当にみんなどうもありがとう。

2012/06/11

愛猫の悪性リンパ腫④

笑吉とのお別れは、5月16日の午後と決まった。
その日の午前中、私は病院へ向かうことにした。

主治医の先生に言っておきたかった。
笑吉が亡くなったこと・・・。どうしても伝えたかった。
それは、私の先生に対する訴えだったのかも知れない。

言ったところで、笑吉が戻ってくるわけではないけれど
この深すぎる悲しみをどこかで爆発させたかった。。。

子供たちは、前日遅くまで起きていたにもかかわらず、
早くに起きてきて、笑吉が本当に死んでしまったのか
確認していた。
私は、子供たちにご飯を食べさせ、
幼稚園に電話をし、ありのままを話、休ませることを告げると
先生は、とても神妙な声で「ご愁傷さまでした。」と言ったので
とても驚いた。。。

ペットが死んだくらいで、幼稚園なんて休ませるな!
って思われちゃったりするのかなぁ。。。って心配していたから。

教育機関でも、ペットは家族って認識するように
なっているのかなぁ。。。。

夫に子供たちを任せ、私は病院へ向かった。
家から車で3分くらいのところ。そんな短い距離も
車に乗ったとたんに溢れ出る涙で視界が悪く
長い距離に感じた。
 

朝から泣いてなんかいたら、子供たちが心配するから
冷静に・・・そう思いながら過ごした朝の2時間の糸が
はち切れ、病院の駐車場で号泣した。

受付の人も、尋常でない私の眼の腫らし具合に
「あっ!!!」って感じで、何だかいつも以上に親切に感じた。

待ち時間は1時間。
いったん帰宅し、電話がかかってくるのを待つことにした。
その帰りの車でも、乗った瞬間に号泣。
隣のご夫婦が、何事かと凝視していたのを横目で感じた。


病院から電話があり、再度病院に向かい
病室で待つと、先生が笑吉を連れてきていない私を見て
「あれ??どうしました??」と言った。


個室で先生と2人きりになったことで
張り詰めていた糸がブッチーーーーンと切れ
私は、もう、ただただ大号泣した。
今思えば・・・人目もはばからず??
笑吉の死に至る詳細を泣きながら伝え、
夫と、どうしても納得できない点を訴えた。

先生にどうこうしてほしいとか、病院に何かしてほしいなんて
思っていない、笑吉だって戻らない。。。
ただ、なんでこんなことになってしまったのか、
なんで、こんな風に先生の前で泣かなきゃならない事に
なってしまったのか、知りたいと訴えた。



笑吉に投与した薬は間違いなく
弱い抗がん剤を微量。
笑吉の体が抗がん剤に耐えうる体なのか
調べたはずじゃないのか?って。

そもそも抗がん剤ってどういう働きをするものなのか
聞いた。

抗がん剤とは簡単に言うと、
がん細胞に攻撃する薬。
攻撃し、がん細胞を破壊し、解毒するらしい。
では、笑吉の場合は?
①がん細胞に対して、薬が強烈に効きすぎた
②そもそも薬自体があわなかった

私はいま、①だと思っている。
もし、②だったとすれば、投与して2時間も必要ない。

先生も、実際に処置をした人ではないから
何も言いようがない。。。
わかってる。
色々話をした中で、先生から言われた中で1つ
心に刺さって消えないのは

「もしかしたら、もう少し考えても良かったのかも知れませんね」
と言う言葉。


そうだったかも知れない。
そうだったかも知れない。
本当にそうだったのかも。。。

私は、がんに対して無知だった。
専門医に言われた2つの方針の他に
なぜ、検討するという第3の答えを導かなかったのか。。。


悔まずにはいられない。

治療をしないという選択肢だってあったはず、
再検討して治療を進めるという方法だってあったはず。



これまで、自分の経験値から導きだした答えで
即座に判断してきたことが功を奏することが多かった。
それが、自信だった。
そんな根拠のない自信が今回の決断も即座に答えをだす
という結果になってしまった。


「がん」ペットも人間も同じなんだ。。。
もっとがんの治療について調べば良かった。
もっと他の方法を探れば良かった。
もっと・・・先生を疑えば良かった。。。


ペットの悪性リンパ腫で治療をしようとしている人に・・・。
方法は4つ。

①開腹手術してがん細胞を摘出
②抗がん剤の投与
③治療をせずに温かく最期まで見守る
④どの方法が良いのか、納得いくまで調べる

愛猫の悪性リンパ腫③

今日もまず・・・。

コメントをくれた方・・・
メールやメッセージをくれた方たちに
お礼を申し上げます・・・。


心からどうもありがとう。

**************

さて・・・
書いて置かなければ。

笑吉が死に至ってから
家族は、深い悲しみに見舞われ、30分近く
ただ泣き続けました。

私は、すぐに母に電話をして
ペット霊園の事を聞きました。
実家で飼っていた愛犬がお世話になったから。。。

母は、23時を回っていたのにすぐに駆けつけ
ストックしていたペット用ベッドとバスタオル、
ペット霊園のパンフレットを用意してくれていました。

私は、すぐにペット霊園に電話をし
(24時間体制なのです。。。)
火葬の予約をしました。
詳細等打ち合わせをし、笑吉とのお別れは
翌日の午後と決まりました。

詳細の打ち合わせなど、見事に人が亡くなった時と
同じです。。。

最近のペット事情がよくわかりますね。



母は、子供たちの様子をすぐに心配してくれ、
私にもしっかりするよう、促しました。
まぁ・・・。深い悲しみを抱えても
私は、いたって冷静なのです。
冷静を装うのか?保とうと必死なのか??
そんなことはわからないけれど、きちんと冷静を保つことは
出来るのです。

笑吉との別れが翌日と決まり、
義母に連絡をすることにしました。
笑吉の事をとても可愛がってくれた義母。
会ってほしかったのです。
夫がすぐに実家に連絡をし、私は義姉に連絡をし
義両親と義姉は、深夜に近いにも関わらず
すぐに駆けつけてくれました。

笑吉の為にすぐに駆けつけれくれる
家族がとてもとても愛おしく、大切に思いました。
ペットの死・・・と言うよりもまさに家族の死でした。

義母も息子の事を心配してくれ、優しく優しく
話しかけてくれていました。
心から感謝します。。。

母が持ってきてくれたベッドに丸まっておさまっている
笑吉は、いつもの様に、ただそこに寝ているようでした。
まだ・・・柔らかい・・・。


子供たちを寝かしつけ、
夫と話をしました。
感情表現が豊かな息子。
ペットの死を目の当たりにして、きちんと受け入れてもらおうと
言う話になり、すべてを見せることにしました。

その日の夜・・・。
私たちは、明け方まで話し合い
仮眠をとりました。。。

2012/06/08

日記を書くという事

ペットの死も人の死も、それぞれの考え方がある。
私は、諭吉を飼い始めたときに、母に言われた。


「猫を溺愛しすぎている。猫を失ったときに
おかしくなる。」と。

母は、昔から、ペットをとても可愛がっていたけれど
あくまでもペットなんだという考えの人。
それは何も間違えでない。

でも私は、ペットは家族。
子供も同然なのだ。


でも、猫にしてみれば、家の中だけで一生を過ごさなくては
ならなくて、大変迷惑な話なのかも知れない。
私が勝手に彼らの自由を奪っているのかも知れない。
常にそんな思いは持っている。

だからこそ、母の考え方を否定しない。

ブログは、私の日記。
ココログは、本に出来るから
いずれこれを本にしようと思っている。
子供たちが大きくなったときに、助けになるかはわからない。
けれど、親である私がたくさん悩んで
色々考えていたんだという事を、知ってもらえたら
彼らが悩んだときに、何かの助けになるかも知れないと思っている。
悩んだときに答えを出すのは、本人。
今は私。

子供たちが悩んだ時は、彼らが何かをきっかけに
解決し、もしくは受け入れ、前進しなければならない。
だから、親が苦しむ様子も日記に記しておきたいと思った。


だから日記を書く。




けど・・・。
こんなとめどもない日記、誤字脱字が多い日記だけど
私の頭の中である程度、クリアになっていないと
文字には出来ない。
頭をクリアにし。文章にまとめることで
自分の考えを再認識し、自己理解へと自分自身を導く。
子供たちが寝静まって、夫が仕事でいない日でないと
中々書けない。
だって、夫の前で号泣しながらブログを書いていたら
心配するでしょ(^^ゞ

きっと知っているとは思うけど・・・。
だってゴミ箱のティッシュの山が物語っちゃうもの。。。




愛猫の悪性リンパ腫②

まずは。。。

心配してくれてメールをくれた方。。。
コメントをつけてくれた方。。。

心からお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。。


優しいみんなの気持ちが、張り詰めている自分の心の糸を
解きほぐしてくれています(T_T)
本当に心からありがとうございます。。

***********

先生からのリンパ腫に対する今後の方針が告げられた時
私の中では、アクションをすぐに起こすことが
何よりも先決だと思っていました。

結婚してから、猫に対して、
出産してからは、子供に対して、
表情や、行動、些細な様子から『ピン』と来た時に
すぐにアクションを起こすことで、良い結果が産まれてくることが
ほとんどでした。

そんな経験から、笑吉がこんな状況になった時
私は当たり前のように、自分の直感と夫の考えを聞き
処置を即決したのです。

それが、抗がん剤の投与でした。


先生の話を聞き、何の疑いもなかった。
先生も効くかもしくは平行線か・・・。
という話で、まさかこの抗がん剤の投与で
死に至るなんて話は微塵も出なかったから。。。
誰もが疑いもしなかった。。


先生は、初めての抗がん剤投与と言う事で
弱い薬を微量、投与したとのコト。


そして・・・
また来週と言った。

笑吉はとても食欲のある子だったから
この1週間のうちに食欲が落ちることがあったら
それが何らかの目安にあると言った。

食欲が落ちたら、すぐに診察を受けるようにと。



そうして、夫と帰宅した。
笑吉はお腹を壊していたから
帰宅後、私がお風呂場で
「ごめんね~。これで良くなるから大丈夫だよ。
注射ばかりで辛かったね。。。ちょっとだけお尻を
きれいにしようね~。。。」って話しかけながら
シャワーをした。。。


みんなに笑ちゃんお帰り♪って言われながら
いつもの食事の時間がとっくに過ぎているから
すぐにご飯をあげた。


笑ちゃんは、ご飯のにおいをかいだだけで
ご飯を食べずにいつもの定位置にいた。

そんな笑吉を見て、病院に行ってよっぽど嫌だったのだろうと
ご飯を食べなくたって仕方がないって思っていた。

だって。先生がまた来週って言ったから。。。






それから、笑吉は、じーっとしていた。。。
1時間くらいしたのかも。。。

椅子から降りて、苦しそうに少しもどして
ベッドの下にもぐってしまった。。。

私は、いつもの調子で
「笑ちゃん!ベッドの下にいたら具合が悪くなったら
見てあげられないから出ておいで!!!」って優しく言って
ベッドのすのこをあげ笑吉を抱えあげて出した。

ベッドルームから首輪の鈴をリンリン鳴らしながら
リビングの椅子に乗った。
そんな調子でひょいひょい歩くし
椅子にぴょんって飛び乗るから、まさか
そのすぐ後に死んじゃうなんて思いもしなかった。。。


子供たちの就寝時間はとっくに過ぎている。
夫がササッと子供たちをシャワーに入れ
私が2人をキャッチ、リビングで着替えさせていた。。。

夫がリビングに来て、ふと笑吉が座っている椅子を見たら
首が椅子から下に垂れていくのが見えたらしく
叫んだ。

夫が瞬間的に椅子に駆け寄るのと同時に
笑吉は椅子から落ち、聞いたことのない声をあげた。

そして、子供たちは泣き叫び
夫は泣きながら叫んだ。
その後が、前に書いた日記の内容に繋がる。

2012/06/05

愛猫の悪性リンパ腫

2012年5月5日
お腹を壊す
食欲あり

すぐにかかりつけ医へ。
注射2本で様子見。
飲み薬を処方。
熱はなし。


2012年5月7日
少し便に回復傾向
食欲あり

2012年5月10日頃
苦しそうに下痢をする
食欲あり

2012年5月13日
朝、下痢をする
食欲はあり
回復していないと見て、再診

触診で気になるしこりがあったことを告げられる。
5日の時点では、便が溜まっているのかと判断し
様子を見るつもりだったらしい。
笑吉少し太り気味の為、脂肪の塊かもしれない。
現段階では、何とも言えないが、リンパ腫の可能性もありと。
15日、火曜日に腫瘍専門医が来院の為、再診予約。
下痢をしていることから、一時回復した5日の注射と同じものを注射。


2012年5月15日
午後18時予約

18時半に診察開始。
気になるしこりに針を刺し、細胞の検査。
約1時間後悪性リンパ腫と判明。
抗がん剤を使った場合、他の治療に耐えうる体なのか
検査をする。
検査結果を夫がスピーカーにて解放。
私は自宅で先生の話を聞く。

今後の方針は2種。
1つは、開腹手術。消化器系に出来たリンパ腫を取り除き
その後の経過を追う。
リスクは、猫への肉体的、精神的ストレス。金銭面。
2つ目は、抗がん剤で様子見。
最初から強い抗がん剤ではショック死する可能性があるため
弱いものからスタート。1週間後がん細胞の大きさを見て
1週間に1度なのか、2週間に1度なのか抗がん剤の投与ペースを
決める。
リスクは、効くのか効かないのかわからないので結局
長期的に見て、開腹手術と同じくらい、または多く金額が
掛かる可能性ありと言う事。



これが、死に至る2時間前の話である。

あれから3週間・・・。

なんの整理もつかないまま、3週間が経った。

2012年5月15日、火曜日、午後10時頃
笑吉の死は、あまりにも突然すぎた。
誰もが予測もしない事態に、我が家は大混乱に見舞われ
初めてのペットの死を目の当たりにした
夫、息子、娘。。。

あまりにも突然すぎたのだ。。。



夫の腕の中で消えそうになっていく笑吉の命。
叫びながら意識を保つよう心マッサージ、人工呼吸を
するも、受け入れてくれない笑吉の気管。
夫の尋常でない様子にただ事でないことを察知し
泣き叫ぶ息子。それに驚き泣く娘。。。
私はただ見ていることしか出来ない自分の不甲斐なさから
瞬間的に小刻みに震え、涙があふれ出た。

なんとか助からないものか、終わっているはずの病院に
すがる思いで電話をした。
留守番電話に変わった瞬間、冷静になれ!私、冷静になれと
おびえる子供たちを抱き抱え、苦しみから解放されようとする
笑吉の最期を見送ることしか出来なかった。



とても複雑だった。
悲しくて、苦しくて、自分が消えてしまいそうだったけれど
瞬時に子供たちの様子を見て、抱きしめた自分が
誇らしかった。
私は、きちんと母だった。
子供が好きでなかった自分がきちんと母親になっていることが
誇らしかった。
こんなことを号泣しながら書いていると言う事実を
誰が想像するだろうか。

思い出せば・・・。思い出さない時なんてない。
だけど、詳細を思い出せば、苦しくなるのは当然で
日記を書くどころではない。
けれど、子供たちがいつの日か、こんな私の思いも
知ってくれたら、自信に綱がる時が来るかもしれない。。。
そんなあるかもわからない事を想像し記すことにした。


そして、愛猫家の人が悪性リンパ腫の治療に立ち向かう時
私たちが経験した事実を知ってほしいと思った。
次には、笑吉の身に起こった事実を書こうと思っています。
このままの勢いで書けるかなぁ。。。
苦しくて書けないかなぁ。。。
辛い事実を書くことで、また明るい話題に戻れるかなぁ。。
戻らねば!!

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »