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2012/08/20

息子の感受性

今年のお盆は、我が家にとって
新盆。
笑吉が帰ってくるので、ちゃんと
出迎えてあげたいと思い、簡単にですが
準備をしました。

もちろん、子供たちにお盆の意味も教えて
あげたかったので…。
そんな風にしていれば、子供たちは、
興味深々。


1345465727045.jpg
日頃からおばあちゃんの家の仏壇に
手を合わせる習慣があるので、
娘もお手の物です…。

想いでの曲を聞きながら、
夫が笑吉の話を始めると
息子は号泣(T_T)

思い出して悲しくなるから、
この音楽ヤダ〜(T ^ T)ぁぁぁ。

と…。


感受性、豊かだなぁ…。
キレイな心をずっと持ち続けてね。


2012/07/26

夏休み対策

夏休み中は、ホントに暑くて
昼間に外遊びは、命がけです_| ̄|○

先日、IKEAで家の中でも
少しばかり体力を消耗できそうな
遊具?を購入しました。

1343277729861.jpg

縮めて収納出来るので、
遊び終わったら、即効片付けます
(^◇^;)


子供たちは、もちろんのこと、
1343277731487.jpg
こちら様にも、ご好評のようです。

価格は、2000円弱だったと思います!

2012/07/07

諭吉

1341625663638.jpg
暑くないの?Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

そして、重たくないの?

2012/06/19

第六感

今日も・・・。
お手紙を下さった方・・・。
お電話くださった方・・・。
メール、コメントを下さった方々に心から
感謝します<m(__)m>

本当にどうもありがとうございます。


*******************

7月2日に49日を迎え・・・笑吉は旅立つのかなぁ・・
と思っている。。。

自分の中で、動物病院の先生にお礼のお手紙を
かけたら、少し心の整理が出来るのかと思い
何度も書いたけれども・・・結局最後には消して
終わってしまっている。。。

今日こそ、手紙を書きあげたい。


そうして、かなしいブログからまた一遍
たわいもない日記をつけ始めたい。。。
こう思えるだけ、落ち着いたという事なのか。。。

家族に不幸があると、こう言う思いになる自分が
とても許せない。
結局は、時に解決してもらってんじゃん。。。
なんて自分を責める。。
まぁそうなるのだから、仕方がない。
人間なのだ。
受け入れなければならぬのだ。


さて・・・ここからは、
『信じるか信じないかはあなた次第です』と言う話。


私は全く霊感なんてない。
幽霊も信じていないし。。。
いたら是非ともお会いしたいです!と思っている口。

肝試しだって、実はぜーんぜん平気。
何が怖いって、人が怖い。
もしも悪い人がいたら・・・と言う方が数万倍も怖いのだ。

ただ・・・そんな私にも実は若干の変化が起こっている。


それは、思い起こせば・・・妊娠した時くらいなのかも知れない。
これは正確でないので微妙。
でも、住んでいた場所を思うと、妊娠してからかなぁ。。。と思う。

単刀直入に言うと
「わたしは見えない。でも何かを感じる。」
そして、それは気持ち悪くない。
何かを感じているとき、恐怖など微塵もないのだ。


そして・・・。
笑吉が旅立つ1か月前くらいから、リビングにいる時
「ん???ん???」という感じを何度も感じていた。
もちろん、家族に言ったら怖がるから言えなかったけれど
笑吉が亡くなった翌日夫に打ち明けた。

夫は、「笑ちゃんが何か訴えていたのかも・・・」と言った。
笑ちゃん自身が私に訴えていたか、病根が何かを発していたか
それはわからないし、全く別のものかも。
しばらく、気にしていようと思っていた。

そうして今日になるけれど・・・
苦しい事に、笑ちゃんが亡くなってから、私は
何も感じなくなってしまった。。。


気にして・・・時に気にしないでいるけれど
何も感じない。
本当に何か『気』見たいなものが出ていたのかも知れない。


だから、こんなにも自分を責めた。


こんな感覚・・・。もっと早くに気付けてあげていれば。。
自分を責めた。

でも・・・この感覚絶対に忘れない。
今度こんな感覚を覚えたときは、家族にすぐに目を
向けようと思う。
もしも、この感覚が私の第六感ならば心しておこう。

2012/06/15

二度とない人生だから

斎場から戻った息子は、
知ってか知らぬか
坂村真民の詩を歌い出した。

ノックアウトだよ。

良い詩だから、ご紹介。


「二度とない人生だから」

二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳をかたむけてゆこう

 

二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないようこ
こころしてゆこう
どんなにかよろこぶことだろう

 

二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事は必ず書くことにしよう

 

二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう

 

二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう

 

二度とない人生だから
のぼる日 しずむ日
まるい月 かけてゆく月
四季それぞれの星星の光にふれて
わがこころをあらいきよめてゆこう

 二度とない人生だから
戦争のない世の実現に努力し
そういう詩を一篇でも多く作ってゆこう
わたしが死んだら
あとをついでくれる若い人たちのために
この大願を書きつづけてゆこう

愛猫の悪性リンパ腫⑤ お別れ

笑吉は、2012年5月16日午後
私たち家族とお別れをすることになった。


春になってから、よく網戸にしていたので
そんな網戸から良く、外を眺めていた。。。

なんて思っていたのだろう????


娘の誕生日にCちゃんが贈ってくれたアジサイを
見ていただろうなぁ。。。
彼から見える外の景色は、
アジサイと目の前の芝生。。。
そして、少し離れた所の桜の木や、桃の木。


斎場から一緒に旅立ち出来るのは
少量のご飯と花。
と言われていたので、彼の目線から一番近くにある
娘のお誕生日に贈られたアジサイを一輪
持っていくことにした。

母は、花を買うのか?と聞いてきたが
私は、買わないと言った。

だって・・・。
買ったお花なんて寂しすぎるでしょ。
きれいかも。。。
ふわふわかも。。。

でも、私は彼がいつも見ているものに囲まれて
欲しかった。
笑ちゃんが寂しくないように、傍にあったお花と一緒が
良いと思った。
Cちゃんがプレゼントしてくれたアジサイは、
それはそれは立派で、大輪をいくつもつけていた。
そこから、1輪おすそ分けをしてもらった。。。

斎場には、家族と母が同行。
笑吉が眠るベッドを膝に乗せて
15分。

個別火葬をしてもらうのに、
お焼香を済ませ、お祈りをし
息子に、本当にもう会えなくなることを伝えた。

火葬台の上に彼をそっと置き
大好きだった療法食とアジサイを一輪胸元に添え
「ありがとう。。。気づいてあげられなくてごめんね。。。」
と伝えて旅立たせた。


それから・・・2時間半。
笑吉の変わり果てた姿に息子は、キョトンとし・・・。
骨の説明を一通り受け、慣れない手つきで
息子もお箸を持ち、みんなで一緒に骨をおさめた。
一部は小さなケースに。
残りは、骨壷に。
軽かった。。。


こちらの斎場では、合同火葬と個別火葬があり
個別の場合は、骨を持って帰るのか、共同墓地に
おさめるのかと聞かれる。
もちろん寂しすぎて、そんなところに置いてなんて
帰れないので、骨壷に入れて持ち帰った。
ペットの骨壷も様々で、シンプルなものから豪華なものまで
色々ある。
我が家が選んだのは、「エコポット」というもの。
土に埋めたとき、すべてが土に戻る。


笑吉だけでは寂しすぎるので、
2年前に亡くなった実家の犬と一緒にしてあげたいと思っている。
そうしたらさみしくないもんね。。。


こうして一通りの事を済ませ、自宅に帰ると
動物病院からお見舞いの花が届いた。。。
悲しみが一層増した。。。

数日後、大好きなMさんが、笑吉にと花を届けてくれた。

1339757744206.jpg
ノラ猫を通じて、仲良くなったMさん。。。
本当に優しい人。
もう、、、70歳。大事なお友達。


骨になって帰ってきた笑吉は、本当に笑吉だったのかと
疑いたくなり・・・今でもいつもの場所で寝ているのではないか?
ベッドの下にもぐってないか?
そんな風に思える。。。
だって・・・形がないの。。。

夫は、帰宅後念入りに掃除機をかけ、
泣いていた。。。
笑ちゃんの毛がたくさん落ちているんだよ。。。
苦しいじゃない。。。って。
もう触れない彼のぎしっと詰まった毛。

抜け毛が激しかったから・・・掃除も大変だった。


キャットタワーからカーテンをよけて外をのぞく姿が
目に浮かぶ。。。
そこのカーテンの毛だけは未だに掃除機をかけられないでいる。

あれから1ヶ月が経ちました。

今日も・・・。
コメントをくれた方々、メッセージを送ってくれた方々に
心から感謝します。

どうもありがとうございます。。。

******************

笑吉が旅立ってから今日で1ヶ月になります。。
もう・・・1ヶ月なのか。。。

毎朝、笑吉が入っている入れものを撫で、
「おはよう。」と声をかけ、
お水をたっぷりとやります。

そして必ず一緒に起きてくる諭吉にも
「おはよう。」と声をかけ
ご飯をあげて、撫で撫でします。

笑吉が亡くなってから、一層諭吉を溺愛するように
なったので、今は恐怖です。。。
確実に私よりも先に旅立ってしまうから。。。
そんな日がなるべく来ないように・・・。
それを受け入れて、家族として迎えたのだから
存分に可愛がろう。。。

と思いが交錯します。

1ヶ月・・・。なにも変わらない。
彼が家族であったという事。
今でも家族だという事。。。



心から、友人に感謝します。
本当にみんなどうもありがとう。

2012/06/11

愛猫の悪性リンパ腫④

笑吉とのお別れは、5月16日の午後と決まった。
その日の午前中、私は病院へ向かうことにした。

主治医の先生に言っておきたかった。
笑吉が亡くなったこと・・・。どうしても伝えたかった。
それは、私の先生に対する訴えだったのかも知れない。

言ったところで、笑吉が戻ってくるわけではないけれど
この深すぎる悲しみをどこかで爆発させたかった。。。

子供たちは、前日遅くまで起きていたにもかかわらず、
早くに起きてきて、笑吉が本当に死んでしまったのか
確認していた。
私は、子供たちにご飯を食べさせ、
幼稚園に電話をし、ありのままを話、休ませることを告げると
先生は、とても神妙な声で「ご愁傷さまでした。」と言ったので
とても驚いた。。。

ペットが死んだくらいで、幼稚園なんて休ませるな!
って思われちゃったりするのかなぁ。。。って心配していたから。

教育機関でも、ペットは家族って認識するように
なっているのかなぁ。。。。

夫に子供たちを任せ、私は病院へ向かった。
家から車で3分くらいのところ。そんな短い距離も
車に乗ったとたんに溢れ出る涙で視界が悪く
長い距離に感じた。
 

朝から泣いてなんかいたら、子供たちが心配するから
冷静に・・・そう思いながら過ごした朝の2時間の糸が
はち切れ、病院の駐車場で号泣した。

受付の人も、尋常でない私の眼の腫らし具合に
「あっ!!!」って感じで、何だかいつも以上に親切に感じた。

待ち時間は1時間。
いったん帰宅し、電話がかかってくるのを待つことにした。
その帰りの車でも、乗った瞬間に号泣。
隣のご夫婦が、何事かと凝視していたのを横目で感じた。


病院から電話があり、再度病院に向かい
病室で待つと、先生が笑吉を連れてきていない私を見て
「あれ??どうしました??」と言った。


個室で先生と2人きりになったことで
張り詰めていた糸がブッチーーーーンと切れ
私は、もう、ただただ大号泣した。
今思えば・・・人目もはばからず??
笑吉の死に至る詳細を泣きながら伝え、
夫と、どうしても納得できない点を訴えた。

先生にどうこうしてほしいとか、病院に何かしてほしいなんて
思っていない、笑吉だって戻らない。。。
ただ、なんでこんなことになってしまったのか、
なんで、こんな風に先生の前で泣かなきゃならない事に
なってしまったのか、知りたいと訴えた。



笑吉に投与した薬は間違いなく
弱い抗がん剤を微量。
笑吉の体が抗がん剤に耐えうる体なのか
調べたはずじゃないのか?って。

そもそも抗がん剤ってどういう働きをするものなのか
聞いた。

抗がん剤とは簡単に言うと、
がん細胞に攻撃する薬。
攻撃し、がん細胞を破壊し、解毒するらしい。
では、笑吉の場合は?
①がん細胞に対して、薬が強烈に効きすぎた
②そもそも薬自体があわなかった

私はいま、①だと思っている。
もし、②だったとすれば、投与して2時間も必要ない。

先生も、実際に処置をした人ではないから
何も言いようがない。。。
わかってる。
色々話をした中で、先生から言われた中で1つ
心に刺さって消えないのは

「もしかしたら、もう少し考えても良かったのかも知れませんね」
と言う言葉。


そうだったかも知れない。
そうだったかも知れない。
本当にそうだったのかも。。。

私は、がんに対して無知だった。
専門医に言われた2つの方針の他に
なぜ、検討するという第3の答えを導かなかったのか。。。


悔まずにはいられない。

治療をしないという選択肢だってあったはず、
再検討して治療を進めるという方法だってあったはず。



これまで、自分の経験値から導きだした答えで
即座に判断してきたことが功を奏することが多かった。
それが、自信だった。
そんな根拠のない自信が今回の決断も即座に答えをだす
という結果になってしまった。


「がん」ペットも人間も同じなんだ。。。
もっとがんの治療について調べば良かった。
もっと他の方法を探れば良かった。
もっと・・・先生を疑えば良かった。。。


ペットの悪性リンパ腫で治療をしようとしている人に・・・。
方法は4つ。

①開腹手術してがん細胞を摘出
②抗がん剤の投与
③治療をせずに温かく最期まで見守る
④どの方法が良いのか、納得いくまで調べる

愛猫の悪性リンパ腫③

今日もまず・・・。

コメントをくれた方・・・
メールやメッセージをくれた方たちに
お礼を申し上げます・・・。


心からどうもありがとう。

**************

さて・・・
書いて置かなければ。

笑吉が死に至ってから
家族は、深い悲しみに見舞われ、30分近く
ただ泣き続けました。

私は、すぐに母に電話をして
ペット霊園の事を聞きました。
実家で飼っていた愛犬がお世話になったから。。。

母は、23時を回っていたのにすぐに駆けつけ
ストックしていたペット用ベッドとバスタオル、
ペット霊園のパンフレットを用意してくれていました。

私は、すぐにペット霊園に電話をし
(24時間体制なのです。。。)
火葬の予約をしました。
詳細等打ち合わせをし、笑吉とのお別れは
翌日の午後と決まりました。

詳細の打ち合わせなど、見事に人が亡くなった時と
同じです。。。

最近のペット事情がよくわかりますね。



母は、子供たちの様子をすぐに心配してくれ、
私にもしっかりするよう、促しました。
まぁ・・・。深い悲しみを抱えても
私は、いたって冷静なのです。
冷静を装うのか?保とうと必死なのか??
そんなことはわからないけれど、きちんと冷静を保つことは
出来るのです。

笑吉との別れが翌日と決まり、
義母に連絡をすることにしました。
笑吉の事をとても可愛がってくれた義母。
会ってほしかったのです。
夫がすぐに実家に連絡をし、私は義姉に連絡をし
義両親と義姉は、深夜に近いにも関わらず
すぐに駆けつけてくれました。

笑吉の為にすぐに駆けつけれくれる
家族がとてもとても愛おしく、大切に思いました。
ペットの死・・・と言うよりもまさに家族の死でした。

義母も息子の事を心配してくれ、優しく優しく
話しかけてくれていました。
心から感謝します。。。

母が持ってきてくれたベッドに丸まっておさまっている
笑吉は、いつもの様に、ただそこに寝ているようでした。
まだ・・・柔らかい・・・。


子供たちを寝かしつけ、
夫と話をしました。
感情表現が豊かな息子。
ペットの死を目の当たりにして、きちんと受け入れてもらおうと
言う話になり、すべてを見せることにしました。

その日の夜・・・。
私たちは、明け方まで話し合い
仮眠をとりました。。。

2012/06/08

愛猫の悪性リンパ腫②

まずは。。。

心配してくれてメールをくれた方。。。
コメントをつけてくれた方。。。

心からお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。。


優しいみんなの気持ちが、張り詰めている自分の心の糸を
解きほぐしてくれています(T_T)
本当に心からありがとうございます。。

***********

先生からのリンパ腫に対する今後の方針が告げられた時
私の中では、アクションをすぐに起こすことが
何よりも先決だと思っていました。

結婚してから、猫に対して、
出産してからは、子供に対して、
表情や、行動、些細な様子から『ピン』と来た時に
すぐにアクションを起こすことで、良い結果が産まれてくることが
ほとんどでした。

そんな経験から、笑吉がこんな状況になった時
私は当たり前のように、自分の直感と夫の考えを聞き
処置を即決したのです。

それが、抗がん剤の投与でした。


先生の話を聞き、何の疑いもなかった。
先生も効くかもしくは平行線か・・・。
という話で、まさかこの抗がん剤の投与で
死に至るなんて話は微塵も出なかったから。。。
誰もが疑いもしなかった。。


先生は、初めての抗がん剤投与と言う事で
弱い薬を微量、投与したとのコト。


そして・・・
また来週と言った。

笑吉はとても食欲のある子だったから
この1週間のうちに食欲が落ちることがあったら
それが何らかの目安にあると言った。

食欲が落ちたら、すぐに診察を受けるようにと。



そうして、夫と帰宅した。
笑吉はお腹を壊していたから
帰宅後、私がお風呂場で
「ごめんね~。これで良くなるから大丈夫だよ。
注射ばかりで辛かったね。。。ちょっとだけお尻を
きれいにしようね~。。。」って話しかけながら
シャワーをした。。。


みんなに笑ちゃんお帰り♪って言われながら
いつもの食事の時間がとっくに過ぎているから
すぐにご飯をあげた。


笑ちゃんは、ご飯のにおいをかいだだけで
ご飯を食べずにいつもの定位置にいた。

そんな笑吉を見て、病院に行ってよっぽど嫌だったのだろうと
ご飯を食べなくたって仕方がないって思っていた。

だって。先生がまた来週って言ったから。。。






それから、笑吉は、じーっとしていた。。。
1時間くらいしたのかも。。。

椅子から降りて、苦しそうに少しもどして
ベッドの下にもぐってしまった。。。

私は、いつもの調子で
「笑ちゃん!ベッドの下にいたら具合が悪くなったら
見てあげられないから出ておいで!!!」って優しく言って
ベッドのすのこをあげ笑吉を抱えあげて出した。

ベッドルームから首輪の鈴をリンリン鳴らしながら
リビングの椅子に乗った。
そんな調子でひょいひょい歩くし
椅子にぴょんって飛び乗るから、まさか
そのすぐ後に死んじゃうなんて思いもしなかった。。。


子供たちの就寝時間はとっくに過ぎている。
夫がササッと子供たちをシャワーに入れ
私が2人をキャッチ、リビングで着替えさせていた。。。

夫がリビングに来て、ふと笑吉が座っている椅子を見たら
首が椅子から下に垂れていくのが見えたらしく
叫んだ。

夫が瞬間的に椅子に駆け寄るのと同時に
笑吉は椅子から落ち、聞いたことのない声をあげた。

そして、子供たちは泣き叫び
夫は泣きながら叫んだ。
その後が、前に書いた日記の内容に繋がる。

より以前の記事一覧